気がつけば年金生活

気ままな家族を背負い日々金策奮闘中。
気が付けば年金生活突入。
未来はどうなるのか...
家族ストレスの中、頑張ってます。

風邪ひいて鼻が痛い

師走の風は今年も我が家には厳しいです。
今月は孫が風邪ひいたのを最初に、ママ(嫁)、私、長男と
風邪でダウン。
特にママは症状がひどかったです。
私や長男は体力があったので、何とかなりましたが
先月退院したばかりのママは体力がなく風邪で3日間寝込みました。
やっと32キロから34キロに太れたのに。
まだまだ栄養失調気味のママです。
この時代に何故?と思うのですが、太れない体質ってあるんですね。
肥満系統の私とは真逆をいってるママです。


現在も我が家には風邪が蔓延してまして
なかなかスッキリしません。
そこへもって、更なる病気、これは...金欠病!
貧乏は不健康からやってくる、を自前でやってる我が家。
ここ3年くらいは病気のオンパレードで
病院代もバカにならず、湯水のように流れていきます。
私は病院代でカードは使ったことなかったのですが
限界というかこの3年で大きい病院ではカード払いです。
近所の内科ではカード払いできないのでしませんが
そこそこの大きな病院ではカードが使えるので
全く現金が底をつくのが怖くて、つい...カードになります。



予定外の現実に、金欠病も今や
病院、スーパーの2点でカード炸裂!
来年9月までには某銀行に残債95万を完済しないといけないのに
(夫の年齢制限のため貸付終了)
風邪ひいてる場合じゃない!と思えど風邪ひいて鼻が痛い!



年末の風邪は心も体も沁みます.....


師走、今年を思う


師走、12月になりました。
今年は我が家は病院ばかり縁がありました。
夫、姑、そして嫁...繰り返す入院
検査、検査、検査と検査代も半端なく
癌、心臓、胃潰瘍、ピロリ菌除菌、栄養失調
などなど....病院に付き添いでいくことも
長時間ベンチで座って待ってることも
入院の準備も支払いも...


随分、人生勉強させられた気がしています。
最初は、なんでこんなことばかりに縁があるの?
ため息ばかりでしたが、不思議なもので
自分が病気ではないのに
そうやってお世話してるとね....
リンクしてる気がする。



つまり、相手の痛みがなんとなく伝わるというか
ああ、私は誰かのお世話をしないと私の人生じゃないんだ、とか
長年働いた仕事まで突然膝の故障で退職し
家族のお世話をするのは、辛かったけど
今は、天がお前しかいないのだからそういう流れにした、
と、言ってるように思えます。
そして、痛がる気持ちも、自分も針で刺されたような鋭い痛みで
歩けなくなったことを思い出すと夫の癌治療+静脈瘤の痛みも
姑の圧迫骨折の痛みも、
嫁の栄養失調からくる割れるような頭の痛みも
あの時の膝が針山で刺された痛みとリンクしてきます。


でも、病気はお金の副作用を起こします
姑の通帳も我が家のお金も病院の支払いで底つきました。
底は浮かび上がれない泥みたいでローンの残債があるのに
病気でお金を沢山使って生活まで困窮して
老後の不安は言い知れぬものがあります。
落ち込んだ時は貧乏はこうやって朽ちていくのかと
枯れた落武者のような気分に。


でも、私....落ち込むだけ落ち込んだら燃えます。
それでも、世の中に縁あって生かされてる。
事故で飛ばされ頭割れた私、
出産で出血多量で危篤だった私、
ほかにも死にかけたことありで、何故か今生きてる。


やはりね、きっとね、誰かのお世話しないと人生終わらない、
私の人生ってきっと、お金が沢山あってもダメなのよね、
艱難辛苦なめながら、感謝を思うとき
人生という道が開けていくと....思うことにする!


さぁ、今日からまた頑張っていこう。
心のつぶやき、自分で自分の背中を押す今日の私です。



不健康家族

前回の更新11/8以後、ストレスのせいか?
胃の具合が思わしくなく、なかなかスッキリしない。
前回の日記では同居するお嫁ちゃんがピロリ菌による
胃潰瘍+栄養失調で入院の話を書いた。


その退院後から現在まで、お嫁ちゃんを栄養失調から
何とかしなきゃ!と思うことで随分私は頑張ったのだが
食事のことや家事すべて、そして長男と金銭的なことも
話し合いしたりで、そのストレスなのか?
58歳の私には堪えた。


その間、肝臓癌の夫の通院日もあり毎回付き添いで一緒に行き
次回の通院の話も医師と相談しなければならない。
また、次男が胃薬の副作用でしばらく頬が赤くなる現象がおき
通院している医師に話すとそういう副作用があると言う。
そして薬を止めたら頬の赤みがとれた。
それはまるで酔っ払いのように赤くなるので心配した。
長男といえば腰痛が何ヵ所か病院にいっても良くならず
ある日TVで腰痛特集を見てたら....
でん部(腰より下のお尻部分の神経)で原因がわからず
苦しんだ方の話を放送していた。長男は俺と同じだ...と。


別居してる姑84歳の世話も3年になる。
要介護3で認知症、今年に入り心臓が悪くなり
毎月通院に付き添う。デイサービスに週3回通わせてるが
私は週に2~3回おやつをもって様子を見に行く。
デイサービスには毎日配食を依頼し安否確認もかねてお願いしている。


一人で、いったい何人の心配を背負わなくてはいけないのか?
今年は例年になく胃が悲鳴あげた。
今月に入ってからはゲップがよくでてのどにつかえが出る。
逆流性食道炎かな....と心配にもなる。
今日、病院にいこうかと思ったが...お嫁ちゃんが歯科の日で
孫守があって病院にはいけない。
夏に多めに内科からもらった胃薬も終わった。
なんと心細いことか。胃薬がお守り何て、とため息がでる。



で、当然、お金は湯水のごとく出て行った。
不健康家族の食事の世話となれば、当然、食費もかさむが
貧ゆえ、そこは業務スーパーで頑張っている。
されど姑の通帳はついに底が見えてきた。
しかし、姑の年金は月、夫の1.5倍。
もはや年金を待つのみ。夫の薄年金も既に消えてない。
1か月10万の年金では姑の年金と合算しないと生活はできないし
姑の世話もできない。
20日に行った夫の癌の薬代、3か月分で¥15000を超えた。
診察代をいれたら2万でたが今回は安いほう。
次回は検査が多いので5万ほど財布にないと不安。
カードをきれば、借金になるし頭が痛い。
貧が病気したら本当につらい。


まさか自分の50代が病人のお世話係で過ぎていくとは思いもしなかった。
姑には長生きしてもらわないと、そう思いながら
姑の世話を必死でしている現状だ。




恐るべし、ピロリ菌

10/30日から我が家のママ(お嫁ちゃん)が胃潰瘍で入院した。
と、いうのはおまけで発見されたピロリ菌による胃潰瘍で
本当は栄養失調で病院に連れていったら、胃潰瘍がみつかり
医師から入院は胃潰瘍と言うことで入院にしましょうと言われた。



3年前の出産でひどい乳腺炎になり病院も何か所かいったが
どこもパッとしなかった。
体重はどんどん減り38キロが33キロまでになった。
その間、食事量も減り、食べる物が偏ったり
食べれば下腹が痛み、朝のおきがけはひどい頭痛に
貧血、胃のむかつきに、そこらじゅうが悲鳴あげるようになった。
そして精神状態も不安症がでて家族からは、ちょっと変...だから
早く病院に連れていってと言われることに。
過去行った個人病院の内科では、このままだと危ないですよ、
とは言われたが、何故なのか原因がわからなかった。
貧血の治療に3年間、頭痛の治療も行った。
が、どれも本当の原因ではなかった。


不安症はどんどんひどくなり日常生活の中における事柄において
極度に出るようになっていった。


10/29から風邪か何かわからないが高熱をだし30日には
氷枕で冷やし熱を下げた。
翌日、ママに病院に行こうと言うと大泣きである。
家族が心配してるから病院で診てもらおう、
そう言っただけで、私なんかいらないんや、とか
意味不明なことを言いだす(-_-メ)
不安症MAXで朝から何を言っても30分泣きまくり。
泣いたら気がすんだのかスマホで病院を調べてる...


こりゃ、どうしたもんか....とかなりキテルナ、と思えた。
(精神状態がマズイ)
自分で病院を検索し始めたのでなだめて入院施設のある病院へ連れて行った。
なんとなく入院させなきゃ、という思いはあった。
3年間のうちママを連れ内科を何か所か行った私は
今回は受付で消化器科を頼みその日のうちに
検査してもらい胃カメラもした。
医師には最初から、先生実は.....と今までのことを全部話した。
夫と似たような年代60代の医師は心よく3年間のことを聞いてくれた。
検査の結果、ピロリ菌がみつかり胃の画像も見ると
胃全体が赤く霜降り状態で炎症が起きていた。
それは、胃袋がじんましんでもおきてるような感じで
どこか1か所が潰瘍、とかではなく全体がただれていた。



医師は栄養失調に胃潰瘍で1週間は入院してもらおう、
でも、その体では大腸検査は無理だから今回はまず、元気になること。
そう話され1週間入院した....


その間、孫守りは大変だった。
ママーーーーーと泣くし、暴れるし、おやつに絵本と
私や息子の財布からお金がどんどん流れ
孫を病院に連れていきママに合わせたら最後、帰らないと大暴れ。
ぐったり疲れた.....



そして、今回ピロリ菌の怖さを知るのだった。
よく耳にした菌ではあるが、ママを栄養失調にまで追い込み
挙句に不安症までにし、育児もできないほどの精神状態で
ママからは笑顔も消え、体は33キロになり
顔は頬骨が出て皮膚は茶褐色になり、まるで骨の標本か?と
思うほどの状態になった。
退院後、まるで嘘のように明るくなり、よくしゃべり
ご飯もお腹すいたとよく食べるようになった。
そして、皮膚は白く茶褐色は消えた。
まだ体重は増えないが元気さ、気力が違う。


不安症も何だか嘘のように今は消えてる.....
つくづくピロリ菌の怖さを知ったのである。
恐るべし!ピロリ菌。


1か月後、ピロリ菌が除菌されたか検査がある。
まれに除菌しても2次ピロリがあるとかで
もしいたら又除菌らしいが、あなどれない菌である。

友人の告白

ここしばらく、心は凹みショックで物が手につかないような
そんな日々を過ごしていた。
何をどうしていいのか?自分に何ができるのか?
いや、何もできない...と積んでは崩しの気持ちばかり。


県外から友人が遊びに来た。
肝臓癌の夫も安定してるし、友人も話したい事あるから、と
今の時期を選んできたようだった。
素泊まりで繁華街にあるホテルを予約してあった。
そのホテルの近くには友人がすぐに帰れる高速バスの乗り場がある。
彼女が私のところへ遊びにくるのはこれで5回目。
今回は私も部屋をとって宿泊した。
高速バスで片道4時間、主婦にとっては普段はなかなか会えない距離だ。


台風がきていて雨風の中、私はホテルのロビーに向かった。
先に彼女が到着して私が後にずぶ濡れで到着。
久しぶりに会ったが、まるで近くに互いがいるような感じ。
その時は台風が早く去って、観光でもできたらなーなんて
のんびり思っていたのだが、夜、デパ地下で買ったお弁当で食事。
ホテルの部屋では積もる話があり彼女が話したいことが
あると言っていたからだ。


唐突に、彼女が言った。
癌なの。


え?.....癌?


大腸癌で転移もしてリンパ、肝臓、肺に癌がいる、と言う。


話の詳細は2月に血便が出て紹介状もって3月に大きな病院で手術、
3週間の入院、というものだった。
最初の検査では既に腸管の中一杯に癌が育っていて
検査の管が入らなかったらしい。
リンパには4か所転移、取りあえずリンパと大腸S字あたりは
手術で取ったがリンパに転移してたことで先がわからないと言う。
ステージ3b彼女はそう言ったが、今月は元気のようで
食欲もあり、よく食べていた。


動けるうちに行きたい場所にいこう、
そう思って先月は一人旅に出たが、前日まで大丈夫だったのに
いきなり薬の副作用で旅先では食事もとれず
温泉にも入る気力がなかったらしい。
彼女は今までの話をしてくれたが、私にはもう、どうしていいのやら
これから、どうしたらいいのか、頭の中は悶々.....


今のところは落ち着いてるが、次回の検査によっては
また抗がん剤にもなりかねない。
子供は成人してるとはいえ、やっとこれから好きなことして
時間をおう歌できたものを、そう思うと辛い。


治療の効果が続くよう願ってやまない。