気がつけば年金生活

気ままな家族を背負い日々金策奮闘中。
気が付けば年金生活突入。
未来はどうなるのか...
家族ストレスの中、頑張ってます。

姑のこと 2

2年目の冬、また背中が痛いといいだし
圧迫骨折で入院、今度は大暴れはしなかったけど
どこも悪くないといい病院側を困らせ1か月予定を2週間で退院。
2015も相変わらず姑宅の細かな掃除に庭の剪定作業など
相変わらずクタクタでした。
自分がいましてたことを忘れる頻度が増え
寝室のゴミ箱に嘔吐したことも
紙パンツ脱いだことも、そのまま....
姑がそうなるまでは私は介護のことも何も知りませんでした。
当時、なんで私がこんなことまで、と思いました。


夫の兄夫婦はほとんど姑宅にくることもなくなり
盆、正月に顔出す程度になりました。
長男なのに...という思いがどんどん強くなりましたが
今は、それもどうでもよくなりました。



翌年(3年目)
2016、10のこと
夫が長く通っていた病院から紹介状をもらい県の病院にいき
肝臓癌だとわかって以来、私の中でどんどん気持ちが
変化していきました。
緊迫した生活の中で夫の肝臓癌の治療費を半年も続けて出すことは
できない状態で、ましてバイトは冬にない仕事。



姑に夫が癌であることを話し、認知症の姑が
最初は何度いっても癌と理解できなかったのが、その後
癌なんやろ、私の金少ないけど使ったらいい、と言いだしました。
私はびっくりしました。その後、義姉にチラとその話をしたら
ボケた人間のこと真に受けても、と言われ的を得た返事に凹みました。
年金あるでしょ、と言われ義姉に夫の年金は月に9万しかないよ、
そう言うと義姉は無言でした。
元公務員の義兄はもっともらってるのでしょう...そう感じました。
そして公務員退職後、就職も斡旋してもらい働いてます。



しかし、その時点で姑の預貯金は400あったのが200になり
その後、夫の治療費に100使い、姑の更なる入院や
家の税金や維持費、生活費他、ほとんど消えた現在です。
実は、以前は預貯金は数千万もっていました。
そのお金は新興宗教と老人の健康販売などでいいように言われ
吸い取られて消えていました。義兄や夫がどんなに言っても
きかずに好き放題した結果です。
姑は高額な買物したことも、まったく覚えていません。


結果、私が通帳預かった時点でそれだけしかなかったです。
そして外野的な心境で思ったのが
没落する家はこうやって落ちていくのか....とも。
(本家の跡継ぎはいないので結果消えます。)



そして、今回のブログを継続する意味とは
誰にもいえない気持ち、姑に何かあったら葬式代がない!
夫が肝臓癌と告知された後、預貯金のない私は夫に万が一あったら
葬式代もない、どうしよう...と。しかし命が安定し
良かったと思える今、今度は姑の万が一を思うと不安の塊です。


現在、持ち越し残債100万、
姑の葬儀代貯金(家族葬として)100万
どうしても、これら完済&貯めないといけません。
何をどう言おうが姑の預貯金のおかげで夫は助かりました。
今度は私が頑張って姑のためにお金を準備しないといけません。
姑は84歳、今年もうっ血性心不全で入院しましたが
しっかり姑と夫をサポートしていかねばと思っています。